2月 08

ちょっと前のエントリについておこられたので、説明責任を果たしました。

以下、その説明。

「新しいメディアに希望を見いだすんじゃなくて、誰が何をどのように伝えるかが大事です。メディアが変わってもリーチ出来る範囲が少ないなら、何も広 がりませんよね。同じ努力をするなら、最も効果のある方法を選ぶことが重要です。自分たちで、こんな便利な方法は無いと思っても、それを使うヒトがいない と広がりません。さらにこれからスパムも広がるでしょうから、果たしてそこにどれくらいの可能性があるかは未知数です。否定しているのではなくて、効果が 未知数なメディアに、限られたリソースの全てを賭けていいのだろうかという疑問です。

むしろ、リーチしたいターゲットに応じて、適切な方法を選択することが肝心だと思うのです。既存メディアにもフィルタリングの少ないものもあります。個人的な経験では、出版は比較的フィルタリングが少ないです。
似非科学の伝搬に関しては、出版に問題があるように見えますが、出版システムに問題があると言うより、僕は個人の資質の問題の方が大きいと思っているの で、そこが意見の違いかもしれません。売れるものが欲しいという出版社の姿勢は利益追求団体として当然です。問題は、問題だと思っていながらそれを書く著 者にあると思います。

結局それぞれのヒトの良心にかかっているのです。若手のみなさんも、これから様々なところで一般の人々と交流することがあるでしょう。その時に、分 かりやすくする為に、何をどこまで歪めて話せばいいか悩むと思います。その妥協点をどこに置くかということが、各個人の良心なのです。アウトリーチが難し いと言っているのは、そこなのです。僕の言う説明能力には、その良心の取り方も含まれます。これは、経験して自分で少しずつ学ぶしか無い事に思えます。誰 だって、きっかけさえあればグレーゾーンに陥る事を忘れてはいけません。

矛盾しているとおっしゃるかもしれませんが、僕はそのように考えています。それは、誰に強制するものでありませんし、個人的な意見にすぎません。 「提言」はこれから色々な事を考える為の叩き台だということも理解しています。これから新しいシステムを作っていくための非常に重要なステップでしょう。

ただ、既存のシステムを変えるには、もっと正々堂々と戦うべきです。僕には、なぜ、カネはいらないなんて言うのかが分からないのです。「カネはいらない」というのは、そこが自分たちの弱点だから主張できないということですよね。
むしろ「カネは必要だ」となぜ言わないのか。もし、要求通りシステムの改革がうまく行った時、「カネはいらないんだよね」って言われたらどうするのでしょ うか?改革の途中でも「カネ」は必要なのです。貴重なリソースを途絶えさせない為の「カネ」は必要だとなぜ言わないのか?そういうきれいごとが、「正論」 だと言われてしまうのではないでしょうか?

正々堂々と主張するということは、自分の弱みも全てさらけ出して、それでも必要だと主張する事です。僕のブログのエントリーは舌足らずだったかもしれませんが、そういう事を書いたつもりです。

「提言」をまとめられたみなさんを不愉快にさせたかもしれませんが、そういう意見もあるということでご了解いただけると幸いです。僕は、みなさんの 努力を否定するつもりはありませんし、元々は僕が始めた神経科学者SNSが、このような立派な機能を果たしている事を、とても誇らしく嬉しく思っていま す。」

これ以上の説明を求める場合は、140字以内のDMで。

2月 07

昔アメリカから帰って来てすぐ、当時のボスに言われた事。

「帰って来たヒトの事をみんな見てるから、間断なくアクティビティを見せ続けないとダメですよ」

どういう事かって言うと、ポスドクで何かの成果を挙げた後、次の場所での仕事がうまくいかないと、周りは

「あー、前の成果は、前のラボだったからできたんで、本人の実力はこっちが本当なんだ」

って思われるって事。だから、乾いた雑巾を絞るようにしてでも、コンスタントに何かを出し続けないとダメだという事らしい。最初は意味がよく分からなかったけど、それでも言われるがままに、とにかく何かのホラを吹き続けてこれまでなんとかやって来た。気がつけば、僕より後から留学から戻ってくるヒトとか、セカンドポスドク始めるヒトとかが目につくようになって、そういうヒトを僕もそういう目で見ている事に気がついた。まあ、結局そういう人達は業界の資産ですから、本当の実力を見定めたいって事ですね。確かに親の七光り的な事って世の中に多いから、そういう事にならないように気を配るのも親の責任かと思ったりするこの頃.

2月 07

SDIM0996

今日は、殆ど縁もゆかりもない若者の集まりに牡蠣食べ放題っていうだけで行ってきました。たらづんの会社のインターンの、そのまた彼が主催っていう会。しかもたらづんは学校だから僕一人。僕を除けば、みなさんIT関連の会社にお勤めの若者。なんといっても最年長が27歳ですから、僕と最小で17違う訳です。あんまり恐縮なので、牡蠣を食べた後は、隅っこで「シマシマ」読んだり、フルーチェ食べたり、少し仕事の話したりしてきました。印象として、僕は少なくとも彼らに何の不安も感じなかったし、僕らの世代の同じ頃よりよっぽどしっかりしてると思いました。そう言えば、初めて初代Google Phone触りましたが、ちょっともっさり。でも携帯でトラックボールは少し新鮮。

2月 06

たらづんと話していて、面白いなと思ったこと。

一般の会社員の能力を社会的に見えるようにすることは結構難しい。どこかの会社で、何かの大きな仕事をやり遂げても、それを誰が中心として行って、それに対して各自がどのように貢献したかという事を外から見る事は殆どの場合が不可能だ。つまり、今みたいに転職をステップアップの一つとして考える事が当たり前になると、自分をどのようにVisibleにするかということが大事になってくる。要するに各個人のSEO対策を常に考えるということが重要になってくる訳だ。おそらく世の中の殆どのヒトは、自分のSEO対策をあまり考えてないかもしれないけど、今みたいに、昔だったら絶対会う事の無かったヒトとコミュニケーションが取れる現在は、検索エンジンで名前を検索された時に何が出て来るかがすごく重要。そういう共有された情報がない場合、もしくはそれが信用ならない場合は、人脈や紹介状が大きな度合いを占めるというのは当然だ。他に判断の指標が無いんだから。

で、科学者はSEO的には非常に恵まれている。自分の業績は、専用の検索サイトを探せば多分人類が続く限り検索可能だ。それがどんなにつまらない小さな仕事でも、一旦検索エンジンに掲載されれば、ずっと残る。それって凄い事だと思うけど、科学者は当たり前にしか思わないから、あんまり感謝しない。たとえ指導教官と仲が悪くなっても、普通は論文に名前は残るもの。当然、その結果を元に、自分の能力を外に売り込んで生きていく訳で、ある意味普通の会社員よりも客観性は高くて売り込みがしやすい。

だから、もし研究者で食って行くなら、そこを活かして、自分の業績持って世界中のマーケットに売り出せば良いじゃない?ポスドクが余って国内で仕事がないなら、自らを輸出したらいいじゃん。「そんなこと言うならこの国を出てくよ。止めるなら今だよ」とか言わないでさっさと出ればいい。僕は何の迷いも無く出たから、なんで出ないのか正直分かんない。欧米から「頼むからもう来ないでください」とか「日本人研究者はもう採用やめよう」って政治問題化するくらい出て行けば良いんだよ。

どこで成功しようと、そういう頑張るヒトを僕は同胞として誇りに思う。日本国内に抱えるだけじゃなくて、外国に才能ある人々を送り込むことが出来るほどには、日本は余裕があるんじゃないかと思うけどね。こんなこと言うと、また怒られるのかもしんないけど、国外に出る事も国内で働く事も、等価に考えてみると、色々な意味が変わって来るかもしれませんよ。

2月 05

今日の午後は、有楽町のよみうりホールで行われた、脳プロシンポジウムに参加。よみうりホールが、ビッカメのビルと同じだって知らなかったので少しショック。少し探しちゃいました。トークは、初めて聞く一般のヒトには非常に充実した内容だったのじゃないかと。「すげーな」っていう感想が聞こえたし、実際に。

シンポジウム終了後の全体会議では、ライフサイエンス課のプレゼンが非常に緊張感高くて驚いた。もしかして、予算を大幅に減らされたからって、僕たちが何かするとか思ってた?正直なところ、みんな相当怒ってるけど、そんなことはしませんよ。

そういえば、神経科学の若手有志が、事業仕分けをきっかけとして、「提言」をまとめたそうだ。内容については、僕は全然関わってないのでなんとも言えませんが、やり方がちょっと乱暴かな。まあ、勝算があっての事でしょうから、とりあえず様子見。

提言の内容にいちいちコメントしてたら、長くなるので、アウトリーチに関してだけコメント。アウトリーチって簡単に言わない方が良いと思う。twitterとかblogとかを活用して国民に情報伝達とか簡単に言うけど、いわゆる国民の大多数は、そんなもの使ってないよ。mixiだって国民の1/8しかアカウント持ってないってこと知ってるのかな?
たとえば、あなたは、自分の親兄弟とか、彼氏彼女に自分の研究を本当に理解して貰っていますか?それが出来ないんだったら、赤の他人に何かを伝える事なんか出来ないってのは分かるよね。まるで、機会が無いから伝わらないみたいに言うけど、単純に自分自身に説明能力がないのが一番の理由。仕組みが悪いとか言う前に、自分を変えてみるというのが一番手っ取り早いんだけどね。「まだ本気出してないオレ」っていうのは「ずっと本気出せないオレ」と等価だってこと。
アウトリーチとか研究とかだけじゃなくて、生きるって言う事は「本当はダメなオレ」を謙虚に認めたところから始まるんだけど、自分がダメなところを置いておいて、正論言われてもあまりヒトは動かないのじゃないかな?