今週NIHの彦坂先生が理研のトークにいらして、最近の仕事に関して色々話を聞く事が出来て、色々考えた。トークは、基本的に80年前後にNIHに行った時の仕事を中心として発展させて、堅実な、しかもオリジナルの仕事をされ続けているので感嘆する。一方で、使っている手技は古典的な電気生理であり、多電極による活動記録には神経が行き届かないから懐疑的らしい。
僕も同じ種類の教育を受けたのでよく分かるけど、多電極に移行することは、もの凄い心理的なジャンプが必要で、これは女性がお化粧やめるくらいの度胸が必要とされるんじゃないかと思う。ま、それはあくまでたとえですが、それくらい気持ちを切り替えないと始められないってこと。
でも、その古典的手法を使っている限り、際限のない問いに答え続けなければいけないということも事実で、そこは彦坂先生もご自分でおっしゃっていた。僕は、それが神経科学の大きな問題だと思っているので、技術開発優先の仕事のスタイルを取っているけど、手堅い仕事をしようと思えば、僕も多分誰にも負けない仕事ができると思う。しないけど。っていうか、出来ないんだけど。飽きっぽいから。
で、彦坂先生が順天堂からNIHに移ったのが55歳の時らしい。という事は、今年45歳の僕はまだ色々な可能性があるっていうこと。僕の人生のこれまでは、大体10年単位で場所を移動してきた。日本に帰って来てもう6年。これからの人生の軸足をどこに置いて何をすればいいのかを最近よく考えるようになってきた。10年単位の移動とすると、あと30年くらいは元気なら、死ぬまでに2−3カ所移動して、新しい事が出来るって言う事になる。
いつも寝るときが一番幸せで、このまま目が覚めなくてもいいのだと思いながら眠りに入る。そういう意味で、どこで途絶えても良いから、これからどんな新しい事が出来るかを考えるというのは、大事な事なのかもしれない。何となく、子供の頃に考えていた40台は、すごく安定した世代のように思っていたけど、そういう予想と全然違う現実に、少々戸惑いがちなこの頃。
