2年に一度行われる大学の同窓会に参加した。当然の事ながら全員少しずつ年をとって来ている。同窓会は、自分の現状を推し量るには丁度良い機会だ。同期というものは、特に医学部の同期というのは、自分がそうなるかもしれなかった可能性の一つを示していて、本当にいつも興味深い。同じ職種にほぼ全員がついているという点で、他の学部と比較して特異かもしれない。
みんな臨床家として、とても頑張っている様子がよく分かる。現場を支える彼らがもっと報われるといいなぁと思う。2年前は、医療崩壊が始まったまっただ中でみんな苦労している様子が見えたのだけれど、もはやそれが恒常的になって、文句を言うよりそれを前提にしたシステムをなんとかしようとしているみたいだった。選択肢を一つ変えれば、間違いなく僕も彼らと同じように四苦八苦していたに違いないと考えると不思議な気持ちになる。
そんな中に混じって、自分が何物なのかという事をいつも考えてしまうのだけれど、本当に年をとればとる程、自分がどこに向かって何をしていくのかが見えなくなっている。果たして、誰のために、何のために巨額の予算を使って研究を進めているのか?本当にこれで良いのか?悩みは尽きない。
同窓会の帰り道では、「もっと頑張って、次の同窓会ではそれをみんなに見てもらおう」といつも思う。先が見えない不安は、逆に言えば今とは違う可能性が広がっているのだと思えば良いのだろうと考えるしかない。となりの芝は青いもので、同期のそれぞれが似たような不安を抱えて生きているのはよく分かる。いずれにしても、不安を抱えながらでなければ現状を変える事はできない。不安の無い人生より、不安だらけの人生の方がきっと自分にとっても社会にとっても良い事なのに違いないと言い聞かせる。
来年は卒後20年。果たしてそこで僕はみんなに何を話せるのだろうか。楽しみでもあり、不安でもある。
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