3月 12
最近、一日一日を研究者として生き残り続けていることに驚きを覚える。どう考えても、10年前には僕なんかよりうんと先を行っていたヒト達が、気がついたらドロップアウトして全然見えなくなるということがよくあるから。それだけに、自分自身が生き残っている事それ自体が実は凄い事なのだと、年を取るたびに実感として湧き上がって来るわけだ。
そういう事って若いと気がつかないし、自分より上のヒト達がそういう事を感じてるなんて気がつかないだろう。だけど、実はPIの悩みは、ポスドクの悩みより深くて痛い。若者は、痛いのは自分だけじゃないと思った方が良い。君が痛ければ、ボスはもっと痛いのだ。見えないだけで。
遊んでるように見えても、何も考えていないように見えても、自分のチームのメンバーの事に気を配らないボスは居ない。もちろん親子の関係と同じで、その表現型は様々。だけど、ボスは親子と違って自分で選ぶんだから、何かあっても責任の半分は自分にある。特に研究者のような個人に依存した仕事では、成功も失敗も自分のセンス次第だと思った方が良い。
結局、自分自身に正面切って立ち向かえないヒトは、うまくいっても、失敗してもどこにも行く事が出来ない。それは、満足のいく生活を送れないということを意味する。
自分の本当の姿を直視して、死なずに生き残るっていう戦略は、多分ヒトの一般的な生き方として間違ってないと思うんだけどな。
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