6月 12
今日、30年ぶりの中学校の同窓会があった。高校の同窓会、大学の同窓会のいずれでも感じた事だけど、中学校の同窓生は、明らかに生活のバリエーションが広い。何と言っても公立中学だから。
当然ながら、共有して当然の事が共有されていないので、会話も手探りだし、共通の話題を見つけるのも難しい。まあ、正直言えば坊主めくりみたいなもんで、相手もこっちも誰だか分からないまま会話を続けるので難易度が高い。さらに自分の事を話しても、その意味が分かってもらえないのが、何度経験してもやっぱりショック。まあ、医学部の同級生にすら研究者という生き方が分からないんだから当然と言えば当然なのだけど。
それにしても、どれだけ普段の僕らの生活が浮世離れしているかという事は、時々は感じないといけないのかもしれない。大した事をしている訳では無いけど、僕たちは、あきらかに違う種類の情報に囲まれて、違う種類の行動原理に従って生きているらしい。僕らには当たり前なんだが。
とうよりも、むしろ自分を取り囲んでいる文脈が自分にどれだけ影響を与えているのかということなのかもしれない。30年ぶりに会う人々は、そういう僕が身にまとっている文脈が見えない訳で、そういう文脈に頼ってしまうのは、裸の王様みたいなモノなのだろう。時々は文脈を脱ぎ捨てて、裸を晒せという事だな。
