11月 16
僕にとっての最終日の今日は、お昼に土谷さん、北城さんとランチ。最近のよもやま話をチャイナタウンのDim Sumのお店で。オシャレなんだけど、味は普通でお値段はちょっと高い。ボストンのDim Sumが一人10ドルでおなかいっぱいになったのが懐かしい。ボストンへのDim Sumはまた行きたい。
で、午後は柳川、長坂、脇坂のポスター。会場の両端にポスターがあったので、3往復したところ、つまり3キロぐらい歩いたところで、すっかり体力が限界に達したので降板。スタバのお菓子でエネルギー補給するも、気持ちが乗らないので帰宅して昼寝。
さて、夜は今回のメインイベントのラボディナー。柳川君が見つけてくれたファンシーなレストラン、The Oceaniaにヨッシーと愉快な仲間達を交えた総勢10人で挑戦。飲み物を頼んだ後に、店のおじさんが持って来てくれたサンプルのキングクラブと何かのカニ爪にテンションが上がり、最初からリミッターが外れます。 折角ここまで来たんだからっていう魔法の言葉が僕たちを狂わせる訳です。

なので、最初のアペタイザーから、ロブスターに牡蠣、エビが山盛り、さらにカニ爪も食べて、もうこのあたりでお金の事も忘れてます。

で、僕がメインに頼んだのは、ロブスターテルミドール。一見結婚式のお料理のようですが、作り置きじゃないしロブスターそのものが美味いので、実に美味い。すげー幸せなアゲアゲの気持ち。

柳川君はさらにその上を行き、1ポンド60ドルのアラスカキングクラブを2ポンド。実に男前ですよ。一口分けてもらったけど、すげー美味かった。キングクラブ。これ、一本が多分太さ5センチ長さ50センチくらいで、それが6本くらい。凄い量。
食後のデザートでもテンション上がりっ放しですから、折角だからの魔法の言葉で、Baked Alaskaとキーライムパイ。Baked Alaskaは巨大な氷山になっていて、お約束通りに炎がゆらゆらしております。(動画はこちら)

キーライムパイは、なんだか縮尺がおかしい。遠くにあるのに、近くに見える。つまり、1ピースが巨大だってことなんですが、多分ホールの直径は50センチ位なんじゃないでしょうか?
とにかく、シーフードはどれも美味しく、しかも大迫力で、デザートもうまい。実にアメリカらしいお店でした。腹がはち切れる程食べて、ワインもそこそこのを4本空けて、お代は一人$160。途中、これはゴチ勝負なのではと思いましたが、みなさん快く払ってくれたので、気持ちよく終了しました。それにしても食べた食べた。楽しかったです。
11月 15

3日目はJoeyとShiriとブランチ。Dupont CircleのKramer’s Cafeは本屋とカフェが一緒になった素敵な店だった。70年代から続いているお店らしく、本屋が次々に無くなっているアメリカの古き良きお店のノスタルジックさが漂っていた。
Joeyは僕がMITの時に面倒をみたハーバードMITの学生で、今は製薬のコンサルをやっている。Shiriは医学部のインターンで、あと1年半ローテートしたらコースが終了するそうだ。二人とも非常に優秀なのだけど、昨今の景気の悪さで、特にJoeyの仕事探しは大変だったらしい。アメリカでも景気が悪くなると、博士を取りたがらないんだよって言ってた。当たり前の事だけど、日本人はアメリカを美化しがちだから信じないだろうね。
夕方のAnnのトークは実に素晴らしく、あのトークのバウンダリーの話は、僕の論文も一役買っているので、嬉しかったです。しかし、この短期間にあれだけの成果が出るって言うのは、ひとえに大量の人力と金のおかげ。方向を正しく見定めて、そこに集中的に投資すれば道が開けるという非常にいい実例でした。素晴らしい。

夜は、この間遊びに来たプリンストンのポスドクChrisがオーガナイズしたディナーに参加。昔の彼のボスであるOlaf Spornと現在のボスのUri Hassanのラボとのジョイント。場所は前から行ってみたかったMatchBox。美味しかったです。UriとOlafとは、two brainsがどれだけ大事か、次元削減を最初に行う今までのやり方より、大量のデータを取ってから次元削減を行う方が大事かという事で意見が一致しました。取りあえず柳川くんあたりを短期間インディアナに送り込む算段を考えようと思います。
で、4日目は、パルマのLuppinoとコラボの詳細を相談。取り敢えずの方針を決めて、来年の1月末に向けて準備をすることにしました。本当は午後にはNIMHの見学に行く予定だったのですが、疲れ果てていたのでキャンセルしてホテルで休息。

夜はGraybielラボのギャザリング。Dupont CircleのBistroで。AnnとJilに挟まれた席で、色々な話をしました。楽しかったです。Annとは帰りのタクシーで一緒でしたが、僕が年を取ったせいか、昔より落ち着いて色々な話が出来るようになったのが嬉しい。サイエンティストとしての悩みは同じだし、多分解決方法も同じはずなので、教わる事が多いです。昔は素直に聞けなかったものだけど。立場が変わり、時間が経つ事で分かり合えることもあるんだなぁ。しみじみしました。
11月 13

DCは前回のSfN以来だから、3年ぶりくらい。街の見た目はあんまり変わらない。コンベンションセンター近くの巨大な駐車場が、ようやく何かでかいものを建てるための工事に入っていた。
飛行機は2時間遅れで到着し、Shared VanでGrand Hyattへ。30ドル。とりあえず仮眠して、久しぶりの中沢家のみなさんと会う。途中、中沢さんの車のバッテリーが上がるというお約束のトラブルはあったけど、無事中沢さんのお宅に到着して、みずなさん、はるちゃん、りなちゃんとお目通り。みなさんお元気で気持ちがなごむ。

二日目の今日は、Mishkinのところにいる福島くんのお誘いでMort Mishkin, David Leopold, Bruno Averbek, Richard SaundersにAndy Mitzと一緒にzaytinyaでランチ。ご飯食べながら、最近の仕事のプレゼンしてきた。ECoGについては、僕らが始めた数年前には否定的な意見が多かったけど、最近では言い訳する必要もなくなってきた。日本ではまだダメですけどね。マーモセットの有用性というのも共通の理解になっていて、多分まずは行動面からの研究が凄い勢いで進むだろう。すくなくともトレンドにはきちんと乗っている事は再確認。
アメリカという国は、新しいものや考え方を素直に受け入れる土地柄で、その参入への早さが、他の国には無いアドバンテージなのだろうと思った。もちろん個人レベルの保守性は人種を問わないのだけど、社会的な保守性というのは、少しだけ他の国よりも弱いのではないかと思ったりする。その保守性の弱さから来る微妙な後押しが、ヒトを新規なものへの動かすきっかけになりうるんじゃないかと思う。せめて、僕の身の回りのヒトには、そういうきっかけを与え続けたいと思った。
ランチの後は、大杉君がSfNデビューということで、ポスター発表を無事こなしていました。本人としてはドキドキしていたのかもしれませんけど、端から見ると堂々とプレゼンしていて立派にやってました。僕も似たような事を言われる事が多いので、なんとなく気持ちは分かります。自分の初めてのSfNでのポスターを思い出しました。あれはサンディエゴでした。

その後は、早めの打ち上げを兼ねた早めの晩ご飯をチャイナタウンで食べて帰宅。とりあえず、そんなSfNの前半。
11月 08
1年以上前からやるやると言っていて、殆どやるやる詐欺みたいになっていたマーモセットのECoGインプラント手術。ようやく準備が整ったので今週行うことが出来ました。とりあえず片半球に24極のsubdural ECoGをインプラント。手技的には、出血が少ない事、骨が薄いことからニホンザルと比べて簡単でしたが、逆に術野が狭いので人工硬膜の縫合に時間がかかりました。今回は手術開始から終了まで大体3時間弱だったので、ニホンザルより少し短い感じ。大分様子が分かったので、多分次はもう少し短く出来ると思います。
で、初めてやってみた感想としては、もしかしたらepidural ECoGでもいいんじゃないかって事。硬膜は薄めだし、硬膜下腔が狭いので、リファレンスさえきちんと取れて、感染しなければ多分epiduraで大丈夫。その場合には手術は多分1時間もかからないような気がします。それと、今回は遠慮して、電極数を少なめにしましたが、入れてみた感じだとまだ増やせます。さらに、フレキ基板電極で密度を上げれば、片半球64は行けそう。もしくは、深部の同時記録も良いかもしれません。技術的にはいずれも可能。
春までにはもう少し数を稼いで、技術を蓄積したいと思います。興味のある方はご連絡いただければ、喜んでお手伝いいたします。
【補足】今回は一期的に手術を行いましたが、術後脳圧亢進への余裕がが少ないようで、ニホンザルと同じように二期的手術が良いようです。
11月 01

昨日の仙台出張の帰りの新幹線で、自分はあとどれくらい生きるのだろうと考えて、なんとなくこのまましばらく死ねないのではないかという確信がおきて、すこしばかり鬱になった。たとえば、日野原さんみたく、100まで生きちゃったとしたら、残りの人生の方がこれまでよりも長くて、しかも身の回りのヒトの殆どを見送ることになる。実際に立ち会う立ち会わないは別にして、帰途の新幹線とか丸ノ内線とかで乗り合わせたヒト達についても、見送る立場になるのかと考えたらやるせない気持ちになった。
でも、今までだって身近な死があまりなかっただけで、僕が生きてきた46年の間に沢山のヒトが死んできたわけで、結局僕が気がつくか気がつかないかの違いしか無いのかと思うと、大した事も無いのかもとも思う。
世界を俯瞰してみれば、別にヒトが他の生き物と比較して優先的に生き残る必要もないだろうし、僕がそういう人類というものに貢献しようがしなかろうが、広い意味では大した違いはないのだろう。ただ、生きているから生きている以上の意味も無く、死ぬまで生きるしかないんだろうな。僕は昔から、自分が生きている事が嫌で、息をする事すら辛いと思いながらこれまで生きてきた。その嫌だという気持ちは年を取れば取る程大きくなる。でも、それが年を取るという事で、ヒトが生きるという事なんだろう。
ヒトが、社会性なんてものを持たずに、独立して暮らすことのできる合理的な生き物なら、何の悩みも無く自然から収奪して効率的に生き続け、そして死んでいくのだろう。しかし、下手に社会性などを持っているから、生きているだけで何かをやらないといけないという気持ちが湧き起るし、つまらない悩みを抱える事になる。
そんな不合理な僕たちだから、僕たちなりの喜びとか悲しさとかがあって、それを嫌だと思うより、むしろその一つ一つのエピソードを、一度しか無いかけがえの無いものと考えれば、少しは楽になれるのかもしれない。昨日仙台で食べたハタハタの卵でニコニコしたように。