12月 22
今日の夕方、「バザールでござーる」、「ピタゴラスイッチ」の佐藤雅彦さんがBSIの見学にいらした。30分弱だったので、全然お話し出来なくて、つまんねーと思っておしまい。
で、夕方は凄い雨になったので、それをやり過ごそうと思って時間つぶしにPS3 Homeをダウンロード。使ってみたけど画像が高精細になっているだけでセカンドライフと変わらず。むしろ、どっか行く度にいちいち環境データをダラダラダウンロードするのが興ざめ。Homeはユーザーコンテンツが今のところ作れないので、セカンドライフ以下。ただのインターフェイスとして仮想空間を使うのは、結局面倒くさいだけなので、多分ダメだろう。無目的度はHomeの方がSLより高い。まあ、もう少しやってみますけど。
で、雨が少し小降りになったので、帰宅。和光市駅について、買ったばかりの鞄の雨を払おうとおもっていたら、佐藤先生ご一行と偶然一緒に。そのまま電車で話し込んでしまい、雨がしっかり染みになりました。ぐぎゅー。まあ、佐藤先生と話せたからいいや。しかし、ブライドルレザーがこんなに雨に弱いとは思わなかった。一体何のためのロウ引きなのかな。ロウが役に立ってないじゃん。
12月 21
気持ちは冬休みなのですが、気持ちだけ冬休みになってみると、一体何をしたら良いのかが思い浮かばない貧乏性。依頼原稿を一つ書くと多分2−3日潰れますが、考えたらカレンダー通りだとこれから2週間もあるって、どうしたらいいんですか。今年買って読んでなかった溜まっていた本を毎日読むくらいしか思い浮かばない。
そうそう、昨日床屋に行ったついでに、鞄を買ってみました。PokitっていうUKのメーカーのブライドルレザーのブリーフケース。前から良いなと思っていて、お店でみたらやっぱりゴロンと可愛い。元々の定価がえらく高く設定されていたせいか全然売れなくて、さらにこの春に定価が4割下がっていたらしいのですが、やっぱり売れない。ということで廃盤決定で、そこから2割引き。つまり元々の定価の半値でどうですかと言われて、ついつい購入。たらづんには、「こんなの思いつきで買っても、家族の誰からも怒られないなんて、あんたぁ幸せなヒトだよ」と言われて、「そうかも」と思いました。

12月 21
僕は一昨日大物を片付けたので、ホッとし、たらづんは昨日で学校が終わってホッとした昨日。
夕方から早稲田の裏のお宅でDDオフィスの忘年会。E藤さんのお宅でしたが、よくこんなの見つけたなぁというくらい素晴らしいおウチ。特に大きなテラスに、やっつけ仕事のようにくっついているお風呂。探せばあるんですねぇ。Rで見つけたんじゃないみたいだけど、実に東京R不動産好みの物件でした。
ご飯もおいしくて、特に絶品はさんまご飯。うちでも真似したいです。それとパンの上にブイヤベースのソースとレバノンちっくなパセリサラダを乗せたのは、凄く美味しくて、一体幾つ食べたのかわかんない。テラスでは七輪であたりめを炙ったりして、かなり満喫しました。下の写真は、かわいいE 藤さんのいとこ。

で、帰り際におウチのすぐ横のラーメン屋がえらくうまそうだったので、後ろ髪を引かれながら帰宅。たらづんとは、「ホッとした」談義をしながら帰った訳ですが、青山1丁目の駅を出たら、おじさん5人くらいが「さぶー」とか言いながら集っていて、その中の一人が「本当にホッとしたよね」というと残りのおじさんが「そうそう」とか言っている。とすると、実はここ数日、日本中がホッとしているのではないかという気になっておかしかった。そういう気分で駅近くの公団アパートなんか見上げると、普段は感じない柔らかさが建物に感じられて、実にホッとした。
12月 20
ここ数日考えている、脳のモジュール仮説について。やっぱり考え方として間違ってる気がします。だって、脳の一部だけで特定の機能を担っているっていうはおかしいよね。むしろ機能は、他の部位との繫がりの中で生まれて来るはずだから、むしろ機能を特定したいのなら、複数の関連領域の時系列にもとづいた関係性をもとに議論すべきだろう。だから、fMRIなんかで課題を一生懸命工夫して、巨大な脳のうち数ボクセルだけを光らせたとしても、それは足し算引き算の結果であって、機能ではないよね。機能は、静的なものではなくて動的な時間の流れの中で発現するものなのだから、時間の流れ、おそらく脳の中では情報の流れで表現しなければいけないはずだ。
僕は最近、「そんな複雑な事を見ても何もわからないのではないか。もっと脳の各部位の詳細を理解する方が先なのじゃないか」と言われる事が多い。それは間違いだよ、やっぱり。モジュールっていう考えが間違ってる。特に心理系のヒトたちが、これは何々モジュールの障害で起きているとか、物事を単純化して記述しようとするけど、きっとモジュール構造の積み重ねでは、脳は理解出来ない。
確かに脳の各部位が、ある特定の条件下では特徴的な性質を見せる。それは、一見その部位に特定のモジュール機能が表現されているように見える。だけど、それはその特定の状況下でのことで、異なる状況下では性質が変わる。これは何を意味するか考えてみれば良い。 状況が100あれば、同じ場所が100通りの機能を持つと言っているのと同じだ。それでは、その部位の機能を理解する事はできないだろう。
たとえば、パスタマシンにパスタ生地を入れればパスタが出来上がるけれど、うどんの生地をいれればうどんができあがる。パスタだって、細いの平たいの様々の種類を作る事ができる。もしかしたら、そうめんだってラーメンだって蕎麦だって作れるかもしれない。つまり、パスタマシンは、入って来る生地を問わず、延ばして切るという作業をする機能をもっている。だけど、パスタ生地しか入れなければ、パスタを作る機械でしかない。いま一般に言われている脳のモジュール機能というのは、パスタマシンをパスタを作る機械だと言っているのと同じで、他のモノを入れた時に何が出来るかという視点がない。パスタマシンだと思ってたものに、アイスクリームの素を入れたらアイスクリームが出来るかもしれないじゃないか。
脳内を流れる情報は、おそらく高次になればなるほどオリジナルの情報のモダリティを区別せず、どんな情報だって抽象情報として流通させることができるはずだ。 とすると、上のパスタマシンの例ではないけど、脳の機能を理解する時には、イロイロな情報を流してやらなければ、その脳部位の本当の処理内容を知る事が出来ないだろう。さらに、誰がどこから生地を持ってくるのか、果たして生地を準備するプロセスはどうなっているのかという流れと一緒に観察しないと、なぜパスタが出来上がってうどんじゃないのかが分からない。そのような流れをトラックするという事で、おそらく行動の動機付けであるとか、行動の意志のようなモノをあぶり出す事ができるはずだろう。つまり、脳機能を理解するのに間違いなく必須で、しかも今までの研究で欠けていたのは、情報の流れのダイナミズムからの視点なのじゃないか。
パスタマシンの、歯の間隔、ハンドルを回すスピード、打ち粉の量なんかを理解する事も重要だけれど、そこだけを突き詰めても、どうして美味しいカルボナーラができあがるのかは分からない。美味しいパスタを作るには、麺が出来上がる前にも後にも沢山の適切な処理が必要なのだよ。
12月 19
先ほど夜の8時過ぎに、遠くから焼き芋売りのような声が近づいてきました。「おいも、おいもー、おいしい焼き芋」というように、最初は聞こえたのですが、もう少し近づいて来ると竿竹屋にも聞こえる。段々焼き芋じゃないことは確かになって、果たしてなにが来るのか耳をそばだてていると、
「ぎょうざー、ぎょうざ、おいしいー餃子!野菜がたっぷりおいしい餃子!」
だって。おどろきました。トラックで餃子を、しかも焼き芋のようにスピーカーでがなり立てながら売るって、一体どういうことなのか。本当は買いにいこうと思ったのだけど、あっというまに行ってしまったのが残念です。次は見逃さないようにします。しかし、餃子の行商って…
今日は、ここ2ヶ月くらいかかりっきりだった仕事が一段落したので、ちょっとホッとしました。仕事の片手間にやってたつもりでしたが、ホッとするってことは、結構真面目にやってたんでしょうね。