2013/01 24

去年の12月に未来館に展示されてたクラタスを見ようと車で向かっている途中、メガウェブの横の取り締まりポイントでスピード違反のキップを切られました。50キロ制限のところ、95キロで45キロオーバーの6点減点の一発免停。みなさん、あの場所には気をつけましょう。トンネル出たすぐのところですよ。

大学1年の冬に山形の山寺で合宿で免許を取って以来、ほぼ30年近く捕まったことが無かった訳ですから、今までよほどついていたとしか言えない訳なので、素直に認めて、先週簡易裁判所で8万円の罰金を払い、今日は鮫洲で1日講習を受けてきました。講習は13200円。朝9時半から4時半までみっちり。
受講してるのは、殆どがおっさんで、自分も相当おっさんなのでヒトのことは言えませんが21人中女性は一人、階下の新規免許の試験場はカワイイ子も結構いたのに、ぼくらのいた行政処分のグループにはおっさんだけ。カワイイ子は違反しないってことか?なんだか腑に落ちない。はっ、もしやカワイイ子は見逃してもらってるのかも?
で、講習受けて42点中36点取れれば30日の免停が一日になるという仕組みで、久しぶりに受ける試験というものに少々緊張しながらも無事パスして、一日免停で済みました。以後気をつけます。

というわけで、なんとなく一日が灰色だったので、スタバでウロウロしてた准君を捕まえてオシュマンズでNew BalanceのMinimus買いに行きました。厄払いね。Born to Runを読んで以来、走り方を変えてBarefoot runningに切り替えていたので、MinimusかNikeのFlyknit Racerが欲しかったんですが、Nikeはまだ入荷しないということなので、Minimusのトレイル用のMT00GRっていうのを買いました。

嬉しくなったので、早速走ってみましたが、Nike Free3.0よりもさらに軽くて、裸足っぽい。しかもトレイル用だからか左右にステップしたときのホールドがオンロードでも気持ち良いんだな。表参道を夜走ると、ヒトが結構いてジグザグと走らないといけないんだけど、それには丁度良い。
やはり予想通りにふくらはぎには少し負担がかかるけど、多分すぐに慣れる気がします。ランニングって楽しいねなんて、この僕の口から出る言葉とは思えませんが、結構楽しいw

2012/12 21

昨日大学の同期が心筋梗塞で急逝したという連絡が来た。奥さんは既に亡くなっていて、子供3人と開業したばかりの病院を残して。

僕は彼とは親しい間柄ではなかったし、同窓会とかで会えば普通に話をする程度。最初に心筋梗塞で亡くなったという話だけを聞いて、その後に、実は奥さんは先に亡くなっていたとか、子供が3人いたとかという追加の情報が流れてきて、状況が分かれば分かるほど、彼の心中如何ばかりかと色々考えたんだけど、倒れた瞬間の本当のところの彼の気持ちはやっぱり分からないなと思った。

もちろん理屈で考えれば死にたくないという気持ちも湧き上がるし、残していく子供の将来を考えれば梗塞の胸の痛みなんかなんともないくらいに胸が痛むだろうとは思う。でも、やっぱりそのリアルな痛みは僕にはまったく想像が出来なかった。
そういう想像の出来なさで気持ちがモヤモヤしたので、今日の朝のジョギングでは普段より早く走って苦しい気持ちを体感しようとしたけれど、タイムが上がっただけで、全く役に立たなかった。

8月に母がなくなった時も、最期の2時間くらいは呼吸が凄く苦しそうだったんだけど、やっぱりその苦しさは分からなかった。10月に酷い風邪をひいて息がすごく苦しかった時があって、ようやくあの苦しさはこれに近かったのかなと想像だけは出来た。ただ、そういう苦しさは、それを見ただけでは全然感じられなかったし、数カ月後に似たような苦しさを感じて、なんとなく適当に想像することくらいしか出来なかった。

僕達には共感の回路が元々備わっていて、他人の痛みを自分の痛みとして感じることができるのだという話がまことしやかに語られるのだけれど、そういう自分の経験を振り返ると、自分に関してはどうもそういうものはないのではないかと思う。
皮膚に針を刺すとか、腕を切るとか、エクストリームな刺激に関しては多少そういうものがあるのかもしれないけど、もう少しマイルドな刺激に関しては、僕たちは共感なんて感じないんじゃないだろうか?
もし、本当に僕達に高性能な共感メカニズムがあるのだとしたら、多分人ごみの中には出れないだろう。だって、あまりに刺激が強すぎるから。むしろ、そんなものは無いのだというところからスタートしたほうが、ヒトの社会的行動は理解しやすいのではないかと思う。

人間は平等だとか、ヒトは共感する生き物だとか、美しい話をしたがるヒトは多いけど、僕はそういう美しい話が、元々複雑なこの世界をさらに複雑にしてしまっているんじゃないかと思う。おかしいのは僕かもしれないけどね。

2012/11 15

石黒浩というヒトは、誰が何と言っても世界トップクラスのクレイジーな科学者である。むしろマッドサイエンティストと呼んだ方が良いだろうが、それは本人の狙い通りなので、その様子が僕としては悔しい。いや、正直に言うなら羨ましいとしか言いようがない。
一番はじめに作ったリプリーR1で、モデルに使った実の娘の型を取るために、ジブリ美術館に連れて行ってあげるとだまして連れ出したという微笑ましい(?)エピソードは、おそらく時効だからここで晒してもいいだろう。そして、その後に作り上げた、自分自身を模したジェミノイドHI-1、通称イシグロイドをこれから作るんですという話を聞いた数年前、このヒトはどこまでも際限なく行くのだろうなと予感した事は間違っていなかった。
最近では、テレノイド、さらには小型テレノイドと言えるエルフォイドと、思いつく限りの変態っぷりを私たちに見せつけ、もう世界中の誰も追い付くことの出来ない未踏の領域に踏み込んでいる。
しかし、彼の問題意識は実に真面目なのである。それは結局のところ「自分自身って何なの?」、「ヒトって何なの?」を知りたいということに尽きる。マッドな外見のなかに潜む、その真剣さに僕たちは驚く。そして彼の作品達が僕たちに提示する、断片的な答えに頭を悩ませ、不安になる。
古今の哲学者を悩ませてきた問題に、工学的かつ構成論的立場から挑む石黒らのアプローチを世界中が大きく注目している。それはその中に、人種や文化を問わない普遍性があるからであろう。何千年もの間、ヒトが悩んできた自分自身を理解する為の全く新しい扉を、石黒らは開きつつあるのである。
これまでは、その疑問への解答は、言語によって論理的に説明可能だと思われてきた。しかし、哲学者達が懸命の努力を続け、難解な言葉と理屈を駆使し、論理的に整合性のとれた人間観を構築しようとしてきたが、その試みはいずれも成功しているとは言い難い。
一方、石黒らのアプローチは、それらとはベクトルが異なり、それを見る私たちの内面を一瞬にして揺さぶりかける。そこには言葉は必要ない。それは、直接的に私たちに働きかけてくるのだ。ジェミノイドと対する時に私たちが感じる何かは、わたしたちの本質に通じる何かである事は確かだろう。さもなければ、ジェミノイドが世界中でこんなに注目される事はないはずだ。
自分自身を理解するプロセスは、それぞれの経験を通じて各自が行なう内的な作業だ。それは、言い換えれば、現実の自分を受け入れるというプロセスである。私たちが、幼少期、少年期、思春期を経てオトナになる中で、自分自身と折り合いをつけるプロセスは極めて私秘的だ。
しかし、そのプロセスは実は思春期で終わらない。私たちは年をとり、社会も常に変化しつづけているから。つまり、わたしたちは、死ぬまでの間に現実の自分を見つめる作業を延々と繰り返さなければならないのである。
ジェミノイドを通じたアプローチは、その極めて私秘的なプロセスを外部に可視化し、かつ操作可能な形で取り出してしまう。それは、ある意味で非常に暴力的かつ破壊的である。しかし、その暴力にさらされることで、間違いなくこれまでの科学が取り扱う事のできなかった何ものかが、私たちの心の中にぼんやりと立ち現れてきている。
そのような主観的な表現を嫌う科学者は多いだろう。なぜなら、一般的な科学は、客観的かつ再現性を持つ事を是とするからである。しかしヒトとは何かという答えが、各自の主観的操作によってしか獲得できないとしたらどうだろう。僕には、答えがヒトの数だけあるという考え方のほうが、一つの統一原理で論理的に説明可能という考え方よりも魅力的で現実的だと思われる。
本書を読みながら、僕も自分を模したジェミノイドを一台作ってもらって、彼らが覗いている世界を覗いてみたいと思った。石黒さん、僕にも一台作って下さい。

2012/09 29

母が先月の29日に亡くなって丁度一ヶ月の今日、広島の潮音寺にみんなで集まって、49日の法要と納骨を行ってきました。
父方、母方両方の伯父さん伯母さんがみんな勢揃いしてくださって。本当にありがたいことでした。

実は僕にはこの一ヶ月課題があって、それは母の形見の時計を今日まで巻き続けること。まあ、大した事じゃないんだけど、無事に忘れる事無く達成出来たのは喜ばしい。ラルフローレンのこの時計は、メンズなんだけど母が気に入って最期まで使っていた。ただ、手巻きなので放っておくと1日で止まる。なので、この1ヶ月は朝起きたら、母の事を思い出しながら、ねじまきするというのを習慣にしてた。しかし、忘れなくて本当に良かった。

ちなみに、馬蹄形のこのケースはカジュアルだけど上品で、場所を問わずに普段使い出来るデザインで、もしかしたらそのうち自分で買っちゃうんじゃないかと思っていたら、知らないうちに母に先を越されたので驚いた。もともと貴金属を買うようなヒトではなかったんだけど、最期の数年は、なぜか時々時計を買うようになって、そのひとつがこれ。なんで時計買い始めたのって妹が聞いたら、「時計は綺麗だから」って言ったらしいけど、宝飾品には全然興味が無かったヒトが、他にも綺麗なものは色々あるのに突然時計に目覚めたのは、一体どういうきっかけなのかなと思っても、もう誰も答えを知らない。

まあ、そうやって色々な事が忘れられて、でもみんなにとって大事な事だけは大事に残っていくんだろうなと、本堂でのお経を聞きながら思ったのでした。生きてるうちにたくさんの楽しいお話を作って、それを慈しみながら死ぬっていうのが、残りの人生の課題なんだろうなぁ。ただ、それってぜんまいを毎日巻き続けるよりは大変だよね。

2012/09 24

先週の19−22の4日間、幕張メッセでソニーの新しいHMD、HMZ-T2のプロモーションに理研の当チームで開発したSRシステムを組み合わせた技術を「PROTOTYPE-SR」として公開しました。
みなさん、ご存知の通り、T2の光学系はT1から変わっていませんが、アジャストの範囲が大きく広がり、装着感が非常に良くなっているのに加え、軽量化されており、T1の正当な進化系になっています。そのT2にフロントカメラとモーションセンサーを繋ぎ、SRシステムを動かせるようにしたのが「PROTOTYPE-SR」です。
コンテンツに関しては、いくつかのレビューが(これとかこれとかこれとか)出ているので、そちらを参照ください。

今回のコンテンツは、プロに作っていただいたものなので、ゾンビメイクを始め、非常にクオリティの高いものができました。実際SRのトリックとしてはまだまだ序の口だったのですが、それでもほぼ全ての方から、面白いという評価をいただきました。
また、バックルームでのSR操作自体も後半につれてどんどん巧妙になり、殆どというか外でみているスタッフですら切り替えが分からないレベルに到達して、スタッフ一同がモニターを見ながら、「おお!完璧だ!」と叫ぶ事が何度もありました。
おそらく体験者には間違いなく分かってないので、本人は分かったつもりでいても、多分見逃しているところとか、勘違いしているところがあったのではないかと思います。「MIRAGE」では、終わった後に種明かしの時間を取ったのですが、今回はそれをしなかったのがちょっと残念ではあります。

何よりも驚いたのは、他のブースではものすごい音量のサウンドに大量のコンパニオンでお客さんを集めていたのに対して、僕達のブースは誰も解説しないし、音は外に全然聞こえないしで、多分会場の中で一番地味だったのですが、一旦体験のシーンが始まると、ワラワラと人が集まってきたこと。
特に、外国人へのウケは凄く良かったのが驚き。多分、ソニーに対する未来感あふれる製品への期待が高いんでしょうね?T1は輸出しなかったし、T2の販売時期も未定だし、手に入らないとなると、欲しくなるもんだし。

というわけで、今回は脇坂くんの大活躍で無事に終了。スタッフみなさんから「せんせい」と呼ばれて、一番の人気キャラになっていました。

次の一般向けSRデモは、10/25-27の未来館で行われるデジタルコンテンツエキスポになります。ご興味のある方は、是非お越しください。